「えっと・・・、ヨハンたちがお腹を空かせて待ってるから急ごうぜ、先生」

そろそろ先生の愚痴にも飽き飽きし出し、オレは買い物袋を手に提げ、ヨハンとユベルの待つ家へと歩みを速めた。 先生って、つくづく憎めない人だなって思いながら。






九日目。
朝。


今日も、先生がヨハンの家にやって来た。

「おはようございますにゃ〜♪」

明日からヨハンが本格的に仕事を再開すると約束してから先生は機嫌が良い。
挨拶一つにしても踊り出しそうだ。
オレが玄関に向かうと、先生がいそいそと何かを見せてくれた。

「見て下さいにゃ!昨日もらっちゃったのにゃ!これはレアなんですにゃ〜」

先生が見せてくれたのは、誰かのサインだった。
オレには、誰のサインかよく分からない。

「トメさんのサインにゃ!私の憧れの方ですにゃ!昨日、テレビ局でお会いして感激だったにゃ〜!」

先生が興奮しているんだから大物女優なのかな?
オレ、ヨハン以外の芸能人って、あんまり分からないしなぁ・・・。

「あれ?先生。いらっしゃい」

オレがサインを見てウンウンと唸っていると、ヨハンがリビングから出てきた。

「ん?それ、何?」

ヨハンがオレの手にあるサインを覗き込んでくる。
しばらくそのサインを見た後、ヨハンは小首を傾げた。
ヨハンも知らない人なのか・・・?

「ヨハン君、それは私の憧れの人のサインなのにゃ!」

先生が嬉しそうにヨハンに自慢している。

「この前、ヨハン君の生収録が終わった後、たまたまお会いしたのですにゃ。もう、先生嬉しくて嬉しくて・・・」

ヨハンが困ったように先生を見ている。
どうやらヨハンも本当に分からないようだ。

「ごめん、・・・先生。オレ、このトメ?さんの事分かんないよ・・・」

ヨハンが正直に先生に伝えながら、サインを返す。
先生は得意満面な笑顔を浮かべ、オレたちに念を押してくる。

「おや、トメさんを知らない?ほんっとうに知らない?」

オレとヨハンは同時に頷いた。

「しょうがないですにゃー。先生が特別に教えてあげましょう」

大事そうにトメさんの色紙をしまいながら、先生はオレたちを見た。

「トメさんは、伝説のテレビ局清掃員なのですにゃ!彼女の去った後はホコリ一つ残りませんのにゃ〜」
「清掃員・・・?なんで、また、先生・・・」
「にゃー、トメさんを舐めちゃいけません!トメさんは神業のようなお掃除能力を持っている為、なかなか会えないのですにゃ」

つまり、レアキャラなんですにゃ♪と、先生が教えてくれた。

「そっか。良かったなー、先生!」

ヨハンが先生と一緒に喜ぶ。
本当に、この二人は仲が良い。
先生の喜びのオーラに巻き込まれて、なんだかオレも嬉しくなってきた。
と、その時、先生が立て続けにくしゃみをする。
あぁ・・・、ずっと玄関で話していたから体が冷えて・・・。

「あー、先生、冷えちゃった?今、あったかい茶を淹れるからあがってく?」

ヨハンの言葉に先生は大きく頷き、リビングへと入っていった。
その後、先生はトメさんへの熱い想いをたっぷりと四時間語ってくれた・・・・・・・・。

「それでね、十代くん・・・。先生今、悩んでるのにゃ。聞いてくれますかにゃ、私の悩み」


・・・。


どうしよう。
ほんっっとに、どーしよー・・・。



聞く
聞かない